『それぞれの協力者』


 元々足の速い台風だったのか、それとも七海の執念か、夕刻には晴れ晴れとした天気となっていた。
カーテンを開けてそれを確認し、七海はすぐに明日香に連絡をとった。
「明日香ちゃん、晴れたよ!」
 七海は嬉しさのあまり、声を荒げる。今日は台風のため、毎日通っているコンビニに行けないと思っていたが、これであの人に会うことができる。それを明日香も理解しているのか、苦笑気味に「良かったわね」と言った。
 そして2人はすぐに朝話題にしていた勉強会のことを、蒼太に伝える良い機会と思い、守と幸も呼んで集まることにした。すぐに集合場所を決めると、七海は携帯電話を切って支度を始めた。
「う〜ん・・・お兄ちゃんに会うんだから、可愛い服がいいよね?」
 七海は白い服と、ピンクの服を手にとって見比べた。白色は純粋なイメージを抱かせるが、ピンクの可憐さも捨てがたい。しばらくその2着と睨めっこをして、可憐さをとることに決めた。すぐに着替えを済ませ、部屋の鏡で髪型を整える。七海は明日香のように髪がそれほど長くないので、色々な髪型を楽しむことはできないが、それでも自分なりに可憐さをイメージして整えた。
「うん、可愛い!」
 それは自分に言うような言葉であるか疑問だが、七海は満足そうだ。
 部屋の隅に置いてある小さなカバンを持ち、嬉しそうに自宅を後にした。空を見上げると、先ほどまで荒れていたとは思えないほど快晴だ。朱色の空と、雲がまた心地よい。気がつくと足取りが軽やかになっていた。
「あ、サチちゃん!」
 七海は公園の傍でこちらに手を振っている幸に気付き、手を振り返した。幸の隣には既に守も到着していた。七海は彼らに駆け寄り、笑顔を向けた。
「守ももう来てたんだ。早かったね」
「・・・まぁな」
 しかし守は妙に不機嫌だ。そんな守の態度を見て、幸が睨みつけた。
「コラ、ハゲ! あんたは遅刻したんやから、ちゃんと後で皆にジュース奢るんやで!」
「・・・だから、お前が言った時間に来るのは不可能だって言ってるだろ!」
 何やら2人で言い争っている。その状況が分からず、七海は首を傾げた。
「何の話?」
「ナナも聞いてや! ウチは明日香に連絡もらて、このハゲに伝えたんや。『そんな訳で、公園前に5秒以内に来ぃ』って。それなのに、このハゲは5分も遅れてきたんやで?」
「・・・だから、5秒でウチからここまでは無理だ。5分でも十分早いじゃねぇか」
「でもウチを待たせたことに変わりあらへん」
「オレよりも、岩戸や林の方が待たせてるだろ。何でオレだけ奢らされるんだよ」
「そんなん決まっとるやろ。ハゲだからや」
「ハゲじゃねーーーー!」
 そんなやり取りを眺めながら、七海は冷静に幸に訊ねた。
「そう言えば集合場所決めたのサチちゃんだったよね。もう最初からここにいたの?」
「ああ、そうや。天気が良くなったんでちょいと散歩をな。それで丁度ええんでここにしてもらたんや」
「・・・オイ。それじゃ待たせて当然じゃないか?」
 不満をぶつける守に、幸は笑いながら七海に「まぁ、ハゲもこう言っとるし、ジュースで勘弁したってや」と告げると、2人して笑っている。もはや守に主張する権利は与えられていないらしい。理不尽な提案をしている幸に、七海は同意して肯いた。
「仕様がないなぁ、それじゃ許してあげよう。あ、私オレンジジュースね」
 その七海の言葉に、守はもはやグゥの音も出ない。ただただ肩を落としている。そしてその2分後に明日香も到着し、皆で蒼太が働いているコンビニに向かうことになった。




「・・・勉強?」
 丁度シフト終了時間だった蒼太は、着替えを済ませ、店内で明日香が言った言葉を繰り返した。
「はい。もう入試まで時間もないし、もしセンパイが都合悪くなければ色々教えてもらいたいんです」
「まぁ・・・ボクは構わないよ。勉強会はいつかな?」
 蒼太の質問に、明日香は手帳を開いて都合の良い日を探している。そして周りの七海たちに相談し、再び蒼太に向き合った。
「それじゃ・・・来週体育大会があるので、その次の週の土日辺りはどうですか?」
「再来週か。うん、いいよ」
 蒼太は肯き、彼らに笑顔を向けた。よっぽど嬉しいのか、七海は顔を真っ赤にして俯いている。そんな七海を微笑ましく眺め、見知らぬ女の子に視線を移した。それを感じたのか、その見知らぬ女の子、幸は背筋を伸ばした。
「えっと・・・キミは初めて見る顔だね。初めまして、伏見蒼太です。このコンビニでバイトをしてるから、もし良かったひいきしてくれると嬉しいな」
 そう笑いかける蒼太に、幸は顔を赤らめて肯いた。
「あ、ハイ。あ・・・ウチは・・・辻口幸言います。先週コッチに越してきて・・・」
「へー。前はどこに住んでたの?」
「あ、大阪の高槻いうとこに・・・ちょっと京都寄りで」
「えっと・・・高槻って言うと・・・ああ、ポンポン山の近くだね」
 その山を聞き、明日香と守は首を傾げた。『ポンポン山』と聞くと、小さな子どもが名づけたような節があるが、事実そう呼ばれているのだ。江戸時代頃には『かもせ山』と呼ばれていたようだが、明治時代頃から『ポンポン山』と呼ばれるようになった。頂上に設置された案内板には「この山は正しくは加茂勢山といいますが、標高679メートルの頂上に近づくにつれて足音がポンポンとひびくことから通称ポンポン山と呼ばれています。」と記されてある。元旦には日の出を見ようと多くの人が集まるらしい。しかしそんな知識など全くない中学生の彼らは、その山に童話のようなイメージを抱いてしまった。
「はい・・・詳しいんですね」
「ハハ、まぁある程度はね」
 その2人の会話を、快く思っていない人物がいた。それを察知したのか、明日香と守はそちらに眼を向けた。案の定、その人物、七海は口を尖らせてその光景を睨みつけていた。それに気付いた明日香は苦笑いを噛み殺して七海を連れて店内のデザートがある場所へ連れ出した。
「あの・・・ナナ?」
「サチちゃん、ライバルだ」
 そう呟く七海に、一緒にやってきた守は溜息をついてデザートを物色している。
「ライバル? アイツがかぁ?」
「間違いないよ!」
 七海は握りこぶしを作り、守に攻め寄った。「だってお兄ちゃんに話しかけられて顔を赤くしてた。サチちゃんの顔、守も見てたでしょ?」
「・・・生憎、オレはあいつの顔を見ると疲れるんでな。全く見ていない」
「でしょ? 赤くしてたでしょ?」
「・・・聞け」
「そうなんだよね。やっぱりアレはそうだよ。私には分かるもん。絶対恋する女の子の顔だよ」
 幸だけでなく、七海も守にとって疲れる人物だったことを思い出し、守は溜息をついた。そういきり立つ七海を、明日香は苦笑して残してきた2人の様子を探った。蒼太と幸の雰囲気を見ていると、それは光景とダブる。幸のあの緊張して恥ずかしそうにしている姿など、七海そっくりだ。あながち、七海の予想も的を得ているのかもしれない。

 幸は周りに自分たちがいなくなっていることに気付くと、すぐに周りを見渡してこちらにやってきた。そして一直線に守の前に駆け寄った。
「コラ、ハゲ! 何で逃げるんや」
 唐突に罵ってくる幸に、守は唖然としている。
「・・・は?」
「アンタ本当にハゲやなぁ・・・。ウチの態度見て気付かんか?」
「・・・お前の態度は相変わらず横暴だな」
「誰がアンタに対する態度を言えゆうた! ホラ、あの優しそうな人、伏見蒼太はんって言うたな。あの人といる態度で分かるやろ?」
 幸はそう言って守を問い詰める。守自身そこまで鈍感ではないと自負している。あれだけ自分と蒼太に対して対応に違いがあれば、容易に勘付く。自分の前では傍若無人極まりないのに対し、蒼太の前ではまるで借りてきた猫のように大人しい。その大人しさが「人見知り」からくるものであればまだ納得できる。しかし幸は、ご存知のように初対面の自分に対して遠慮も一切無しに「アンタなんかハゲでええ」と口走る人物である。そんな彼女が人見知りであるはずがない。
 ・・・となると、やはり自分と蒼太の対応の違いは『例の感情』からくるものに違いない。幸もまた、七海と同じように蒼太をそういうメガネで見ているのだろう。そう思うと、少しばかり悔しいような気がした。



「それじゃ、まずは中学の体育大会を見学に行こうかな。それで次の週に勉強会だね」


 幸の後に続いて、蒼太がやってきた。蒼太の言葉に、七海と幸が前に立って小さく肯いた。
「あ・・・お兄ちゃん・・・それじゃ私、お弁当作ってくるね・・・」
「あの、蒼太はん。その・・・実はウチも結構料理得意やから・・・」
 七海と幸は揃って顔を俯かせ、顔を赤らめている。そんな青春真っ盛りなワンシーンを見せ付けられ、守と明日香は肩を落として「勝手にしてくれ」と言わんばかりに溜息をついた。守はそのワンシーンにいる少女2人の照れて恥ずかしがっている顔を見て、「・・・可愛いかも」と僅かでも思ってしまい妙に負けた気分にさせられていた。









 ・・・結局、恋する少女2人に任せていると話が全く終わりそうになかったので、明日香が強引に対話を終了させた。
取り合えず予定していた勉強会の講師の依頼を請け負ってもらうことができた。ただ頼むだけであったのに関わらず、明日香はやけに疲労を感じてしまっている。それは隣で歩いている守も同様だろう。
「・・・本当、優しい人やなぁ・・・。どっかのハゲとは大違いや」
「うん、お兄ちゃんは本当優しいんだよ」
 明日香と守の前を行く七海と幸は、『蒼太談』で盛り上がっている。
「でもナナも蒼太はんを狙ってるのは誤算やったなぁ・・・。アレか? 三角関係?」
「ううん、二角。お兄ちゃんは私しかダメなんだよ」
「そら手ごわそうやな。でも、ウチも負けへんで? ・・・でもそうなると協力者が必要やな」
 幸はそういうと、不気味な眼差しを後ろを歩く2人に向けた。それに気付き、明日香と守は寒気を感じてその場に立ち止まった。苦笑する明日香たちに、七海と幸はニッコリと微笑んでいる。
「・・・な、何? ナナ、どうかした?」
「明日香ちゃん、私たち、親友だよね?」
 七海はそう言って明日香の手を取った。「応援してね!」
 明日香はそんな2人のテンションに、もう何も言う気力が湧かなかった。明日香の無言の対応を「了承」と受け取ったのか、七海の笑顔に更に輝きが増した。それを見て、幸は守を睨みつけた。
「なぁ〜ハゲ?」
「断る」
「まだ何も言うてへんやろ!」
「大方予想はついてる」
「なら話は早いな。期待しとるで?」
「だから断るって言っただろ」
 断固拒否する構えをとる守に、隣で見ていた七海が笑顔で肯いた。
「うん、守も私の応援だもんね」
「ちょい、ナナ。アンタは明日香ちゃんがおるやろ。このハゲはウチの道具やで?」
「道具かよ」
 守は溜息をついた。勝手に話を進められ、道具呼ばわりされた日には、意地でも彼女らの思い通りにさせたくない。そう言わんばかりに守はソッポを向いた。しかしそれは例の如く、無駄な抵抗に終わりそうだ。数秒程無言のやり取りが続き、守がゆっくりと彼女らに視線を移すと、痛い視線が何度も刺さってきた。その鋭利な視線の持ち主は当然幸だ。
「アンタ、ええ加減にせんとウチも怒るで?」
「・・・あのな、応援する義理はないだろ」
「義務とか義理とか関係あらへん。アンタはハゲや! 協力するのにそれ以上の理由はあらへんよ」
「・・・うぉ〜、何だそのめちゃくちゃな理屈は。お前はガキか?」
「ガキはアンタや。ハゲはウチに従う。こんなん一般常識やで?」
 そんな一般常識は聞いたことないが、彼女の頭の中ではそれが当然のように指定されているらしい。そもそもハゲではない。しかしそうやって断ろうとしてもすぐに無駄であることは分かっていた。自分が何を言っても、彼女はこう一蹴するのだ。



「ハゲの言い分はどうでもええ」




『それぞれの協力者』 完
  NEXT→

inserted by FC2 system