『手に入れた幸せ』

 扇風機の音だけが室内に響いていた。
既に、身体の痛みなんてものは忘れていた。
銃で撃たれるより、そんなことよりもっと大きな衝撃が九条の脳内に到達していたのだ。
自分は涼子に抱きつかれ、微動だにできない。
「・・・涼子さん・・・?」
 九条のその言葉に反応し、涼子はゆっくりと顔を上げた。熱く潤んだ瞳がじっとこちらを見つめている。
こんな時、どんな言葉をかければいいのだろうか。このようなシーンは、自分にとって前例がない。どう返すのが正解なのだろう。
涼子は自分を好きと言ってくれた。告白することの恐さ、それは自分もわかっているつもりだ。それは強い勇気を必要とする。それはある意味、マフィアに立ち向かうより大きな勇気を必要とするかもしれない。
・・・それでもこの人は、こんな自分に言ってくれた。勇気を振り絞って。
自分は、この人のことをどう思っているのだろう。
この自分を見つめてくれる人を、オレは・・・
 九条はそっと右手を涼子の頬に当てた。
「・・・オレは・・・」
 九条は息を飲み、涼子の目を見返した。「・・・涼子さんのことが・・・好き・・・だと思います・・・」
 我ながら情け無い告白だ。まさに小心者だと自分でも感じている。
「九条君」
 涼子は再び九条に抱きついた。きっと、今自分の顔を見ると、真っ赤になっているのがすぐにわかりそうだ。顔が熱くなり、心臓の動悸がどんどん強くなる。
「よかった・・・」
 涼子は九条の耳元で再び囁いた。

「瞬、目が覚めたのか!」
 部屋に入った瞬間、椅子に座っていたクロードが駆け寄ってきた。
「ええ、何とか・・・」
「ん、熱でもあるのか? 顔が赤いぞ」
「いや、それは・・・」
 九条と九条が座っている車椅子を押す涼子は互いに赤面して俯いた。「な、なんでもないです」
 その不可思議な2人は見て、クロードは傾げた。
「まぁ、なんともないならいいが・・・。それより、この記事を見ろ、瞬。これは全てお前の手柄だ」
 クロードは記事を九条の目の前に大きく広げた。新聞の一面を、ある事件が大きく取り上げられている。九条は記事を受け取ってその書き出しを見た。
『中国マフィア、一人の青年の手により壊滅』
 最初に目を惹かれたのはその一文だった。
「え・・・これって・・・」
「そう、瞬。お前のことだよ」
「でも・・・こう取り上げられると後々面倒なことになりませんか?」
「ああ、それは心配ない。・・・富士見谷が瞬の正体だけ隠して自首したんだ。『勇気のある青年に、自分の間違いを認めることのできる勇気をもらった』と富士見谷は言っていってな。警察内部や雑誌記者にも、瞬の正体は洩れていない」
 それを聞いて、九条はほっとした。自分の名前が周りに知れ渡り、有名になるのは気が重くなる。もしかしたら表彰なども行われたかもしれないが、自分はそういうことに興味はない。自分は名声を得るために、命を張った訳ではないのだ。
「まぁ、そんな訳だ。心配することはない。後始末は警察や私たちにまかせて、お前たちは元の生活に戻るんだ」
 クロードは九条から記事を受け取り、優しい笑みを浮かべた。「瞬、お前はもう危険な穴に飛び込む必要はない。これからは、涼子の傍にいてやれ」
「クロード・・・」
 クロードが合図をすると、渡瀬や陳。そしてアルマたちが九条を取り囲むように集まった。
「私たちは、瞬の勇気ある行動を絶対に忘れない。お前の正義の信念と勇気は、今後は私たちが受け継いでいこう!」
 彼らは笑みを浮かべて九条と握手を交わした。
・・・もしかしたら、もう彼らと会うことはないのかもしれない。九条はそんな気がしていた。
 九条は全員と握手を交わし、涼子と一緒にその部屋を出て行った。
 懐かしい日常が待つ、いつもの町へ・・・。

『手に入れた幸せ』 完
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