『銃撃戦の果てに』

 6月18日午前6時。
クロードたちは通信のあった場所に辿りついた。あの支部からこの場所まではかなり距離があり、辿りつくまでに5時間も有してしまった。
果たして九条は無事でいるだろうか・・・。
「・・・涼子、疲れが溜まっているだろう。ここは私たちに任せて睡眠をとっていてもいいのだぞ?」
 クロードは振り向いた。
 渡瀬が呼び出した助っ人の一人、アルマに背負われている涼子はすでに疲れきっていた。その道のプロである自分たちでも疲労を感じてしまうほどだ。一般人の、それも比較的体力の少ない涼子にはつらいものがある。
「・・・ダメ。私は九条君に会うの・・・」
 もうほとんど体力は残っていないのにも関わらず、彼女は強い想いを込めた眼をクロードに向けた。それは、どんなに言葉をぶつけても一歩も引き下がらないとでも言わんばかりの光だった。
「ふ・・・」
 クロードは笑みを浮かべ、再び前方を双眼鏡で覗いた。「渡瀬、どうやら山火事があったらしい。今は鎮火しているが、消防が止まっている。ここから分かるか?」
 クロードは双眼鏡を渡瀬に渡した。
「ん・・・あ〜、確かに小屋が焼けてんな。まさか坊主、あの小屋の中にいたんじゃねぇだろうな」
「おい、渡瀬」
「あ、すまんすまん」
 渡瀬は後ろで睨みつけている涼子に気付き、手で口を押さえた。「・・・それにしても、あの消防隊から何か話を聞ければいいんだが。回りには野次馬やサツもいて難しそうだな」
「プロフェッサー渡瀬」
 長身の男、ソニードが渡瀬の横に座り、手を差し伸べた。「私ならこの距離からでも聞き取れます」
「おう、そうか。ミッシェル、こいつはすごいぞ。先天的に異常な聴覚をもっていてな、1キロ離れた場所からでも声を聞き取ることができる」
「ほう、それはすごい。ぜひやってみてくれ」
「わかりました」
 ソニードは渡瀬から双眼鏡を受け取り、火災のあった山小屋を覗いた。
「・・・どうやら火災による被害者はでなかったようです。火災の原因は車のガソリンに引火し、爆発が生じたことにより飛び火。・・・ただ火の手が車の内部から発生していることから、誰かが火の手を内部に投げ込んだ方向で捜査を進めるようです」
 ソニードはそれだけ言うと、渡瀬に双眼鏡を返して後ろに下がった。
「おい、ミッシェル。どう思う?」
「・・・そうだな。その車の主は『ブラッドコブラ』の連中ので間違いないだろう。そしてこの車が炎上した理由・・・」
「・・・九条君?」
 涼子はアルマの背から降り、2人の前に立って言った。「九条君だよ、きっとそう」
「涼子・・・そうだな。私もそう思う。瞬はそう簡単に諦める奴じゃない。きっと、何か抵抗をしたんだろう」
 クロードは立ち上がった。「涼子、瞬のカバンを」
 涼子は九条のカバンをクロードに渡した。
「・・・瞬は本当に大した奴だ。本当に抜け目がない。涼子、これが何かわかるか?」
 クロードはカバンからMDレコーダーを取り出した。「これはMDレコーダーに偽装してあるが、受信機だ。そしてこの点滅している場所、そこに・・・」
「九条君がいる?」
 涼子は笑顔で受信機を手にして叫んだ。
「ああ。万が一のために身体のどこかに発信機を隠し持っていたんだろう。全く、瞬はこの世界でもやっていけるよ」
「九条君・・・」
 あの人が生きている。そして、すぐ近くにいる。会えるんだ。「すぐに行こう! ほら、クロードさんも渡瀬さんも立って!」
 先ほどまで疲れて立つこともままならなかった涼子だったが、完全に復活していた。それを見て、クロードたちは楽しそうに笑った。
 皆は涼子に強制的に促され、すぐさま走り出した。
「涼子!」
「え、何ですかクロードさん」
「瞬に会えたら最初に何をしたい?」
「・・・会えたら・・・?」
 涼子は数秒考えたが、すぐに前を見据えた。「せっかくだから、彼に言います」
 涼子はそう言って微笑んだ。
・・・そう、彼に会ったら言うんだ。
私はこんなに心配したんだと。
私はあなたを追ったのだと。
私はこんなにあなたに感謝しているのだと。
・・・そして、私はあなたのことが・・・。

 火災の現場から3キロほど離れた某所。
高たちは廃屋となった工場を見つけ、そこに潜んでいた。
「くそ! もう隆盛とガキが遺体で見つかっている頃だろう。このままでは隆盛のブローカーをしていたオレにも捜査の手が廻る可能性がある。くそ、くそ!」
 高は部下を蹴り倒し、額に血管を浮き彫りにしている。「何でこんなことになったんだ!」
 全てはあのガキのせいだ!
あのガキが隆盛の家へ訪問してから全てがおかしくなった。その後もあのガキは何か妙な行動をし、推測にしろ隆盛と行っていた麻薬取引に感づいた。あのガキがいなければこんな目に遭わずにすみ、今頃もっと多くの大金を手にしていたはずなのだ。
「・・・あのガキはオレの手でぶち殺してやりたかったが、死んでしまったのなら仕方ない。早いうちに祖国に高飛びしないとな」
 不意に高の携帯が鳴った。「ん、誰だ? これは・・・隆盛?」
 高はすぐに着信に出た。
「・・・高か?」
「隆盛! お前、生きていたのか」
「あ、ああ。小屋が崩れ落ちる寸前に、外に脱出することができた。だがしばらく気絶していたようだ。消防が駆けつけたのに気付いてその場を離れたが・・・高たちは今どこに?」
「いいぞ、隆盛。お前が生きているのなら捜査の手がオレに届くことはない。今はそこから3キロほど離れた廃屋の工場跡にいる。ところで隆盛、あのガキはどうなった?」
「たぶん、生き埋めになったんだろう。何せ自分が脱出するだけで精一杯だった」
「ふん、まぁいい。臓器売買ができなくなったのは残念だが、邪魔なものが労せずして消えた訳だ」
「あ、ああ・・・そうだな。工場跡が見えたぞ。すまないが火傷を負ってこれ以上動けそうもない。悪いが迎えをよこしてくれないか?」
「ああ、いいだろう」
 高は部下に顎で合図をして2人を迎えに出した。携帯を切り、その場に座った。「ははは、いいぞ。火災で躓きはしたが、ガキは死に、隆盛は生き残った。元に戻ったんだ。これでまた一儲けができるぞ」

 ・・・それにしても隆盛のやつ、遅い。部下を迎えによこしてもう10分は経つ。もうとっくに到着してもよい頃なのに、どういうことだ?
 高は不審に思い、外に出て見渡した。
「な!」
 高は目の前の現状に驚き、駆け寄った。「おい、どうした!」
 先ほど迎えにやった部下2人が、ぐったりと倒れているのだ。
「おい、出て来い!」
 高は工場に残っていた残り4人の部下を呼び出し、辺りを捜索させた。「誰かオレたちの邪魔をするものがいるらしいな・・・。まさか、隆盛か?」
 しかし、富士見谷ももう結構な歳だ。ここに倒れている部下も、今まで数多くの場数を踏んできている。まさかあんな年寄りにやられるはずもない。後は誰がいる・・・?
「あのガキか!」
 高はすぐに九条の姿を思い浮かべた。富士見谷が裏切ったかどうかわからないが、九条の死体を確認したわけでもない。ならば今この場所で一番可能性の高い抵抗者。それは九条しかいない。
「ぐぁ!」
 部下が叫ぶ声が聞こえた。
「どこだ!」
 高は拳銃を手に、その声がした方向へ走る。「・・・ち!」
 辿りついた時には、部下が1人その場に倒れこんでいた。
これでこちらは自分を含めて4人。狩人に狙われている嫌な気分だ。
「あのガキ! ふざけやがって」
 高が再び工場の門の通りに出ると、残り3人の部下も倒れていた。
「・・・なぜだ! 俺たちはブラッドコブラ! なぜこんな簡単にあしらわれる! ガキ、でてきやがれ!」
 高は銃を構え、周囲の動きに神経を集中させた。
 どれだけの時間が経ったろうか・・・。高も、そして狩人も微動だにせず止まっていた。その直後、高が何かの気配を感じ取った。
「そこか!」
 高が放った銃弾は、狩人の腕に命中した。狩人は慌てて工場内へと逃げ込んだ。「逃がすか!」
 高はすぐに彼を追い、その姿を捉えて銃を連射する。その内一発が男の肩をかすめ、男は銃を落として倒れこんだ。
「やはり、貴様だったか・・・」
 狩人はやはり九条だった。九条は先ほどかすめた肩を押さえ、高の顔を睨みつけた。現在圧倒的に不利な状況であるのに関わらず、そうした強気な眼を向けてくる九条を見て、高は更に苛ついた。
「何だその眼は・・・。まだ挽回できると思っているのか? その足りない知能で考えてみろ。銃を向けるオレと、丸腰で倒れているお前。さぁ、この後どちらが勝利を得ることができるのか」
 高はさらに殺気を強めた。しかし、九条は相変わらず不敵に微笑んでいる。
「まだわからない。・・・まだ脚は動く。逃げ出すことはできそうだ」
「あぁ?」
 高は更に発砲し、九条の両足を射抜いた。
「ぐ・・・!」
「さぁ、これで逃げることもできなくなったぞ? そら、泣いて土下座して命乞いをしてみろよ!」
「はぁ・・・まだだ・・・!」
 九条は激痛が走る脚を押さえ、更に高を睨みつけた。「富士見谷さんが教えてくれた・・・。お前が使っている銃はトカレフTT33。最大装弾数は8発だと・・・。この両足でお前はもう全ての弾を使い切った!」
「・・・だからどうした? お前が不利なことには変わり無いだろう」
 高は残弾のなくなった銃を落とし、すぐにさきほど九条が落とした銃を手に銃口を向けた。「ほらな・・・? お前がオレのために落としてくれた銃だ。お前の死は、免れないんだよ」
 高は高笑いし、ゆっくりと引き金を引いた。
・・・しかし、何も起こらなかった。高は慌てて何度も引き金を引くが、銃口の先にいる九条が命を落とすことはなかった。
「な・・・弾切れだと?」
 高が驚いて再び九条を見ると、彼の手には再び拳銃が握られていた。
「オレの勝ちだな」
 銃口から飛び出した弾丸は高の両腕を射抜き、そして続けて両脚も撃ち抜いた。四肢の力を失った高は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「ぐ・・・! なぜだ・・・」
 高は崩れ落ちても尚、鋭い眼光を九条に向けている。「なぜ貴様なんかに・・・」
「・・・簡単さ。全ては想定していたことです。あなたの部下が車のガソリンに火がついて爆風で飛ばされて気絶している時、既に拳銃から弾を抜いておいた。後は簡単でした。不意に現れて向かってくるオレに対し拳銃を向けても、そこで弾切れです。あなたの部下は皆動揺して次の動きが遅れた。これでもオレは簡単な武術なら使えますからね。そうした相手を制するのは容易いことでした」
「そ、それではオレの銃弾を全て撃たせたのも・・・この弾が入っていない拳銃をオレの傍に落としたのも・・・全ては計算していたのか?」
「・・・そういうことです。いくらオレが簡単な武術を使えるからといっても、あなた方プロを相手に真正面からぶつかれるほど自惚れていません。オレの勝機はあなた方が動揺した隙をつく・・・ということしか見出すことができそうにありませんでした」
「・・・ち! 大したガキだ・・・」
 高はそう吐き捨てると、気を失った。
「ふぅー・・・」
 九条はため息をついた。まさか涼子の家族を殺めた犯人を追い、こうした銃撃戦まですることになるとは思いもしていなかった。結果、かなりの重症だ。しばらく歩くことはできそうにない。
「でも・・・いいか。終わったんだ」
 九条は激痛に耐え切れなくなり、目蓋を閉じると、やがて意識が途切れていった。

『銃撃戦の果てに』 完
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