『助っ人』

 ここの大学の講義は、高校の頃に比べると格段に難しい。
斉藤隆志はそう実感した。とりあえずノートは取るものの、講師の言っていることは全く理解できない。初めから自分とあの教卓にいる講師とでは頭の作りが違うのだろうと思えてしまう程だ。それに、こういう訳のわからない話を聞いていると、無性に睡魔が襲ってくるのはなぜだろうか。隆志は欠伸を噛み殺しながらペンを走らせた。
「そういえば最近瞬の姿を見てないなぁ・・・」
 最後に見たのはセミナーだった。それ以降は全く見かけていない。学校をサボるような不良には見えないし、何週間も休むような病弱にも見えない。何かあったのだろうか。何か一言くらい言ってくれればいいものを・・・。
 講義が終了し、隆志は腰骨をバキバキと鳴らして荷物を背負った。そしてその足でコンピュータ室へ向かった。提出しなければならないレポートを完成させなければならないのだ。その憂鬱さのせいか、カバンは軽いのに肩がやけに重く感じる。それだけこの「経済学」というのは厄介だ。経済学といっても何種類かに分類されている。国際経済学から掘り下げていけば、貿易理論や国際金融論。経済成長理論、開発経済学。その他にも、人が利用している分だけ経済学も幾分に分かれる。隆志は「情報経済学」を専攻している。近年は情報通信技術の発展により、これらの学問が大変有力視されている。しかし、これはどう考えても自分のキャパシティを超える学問だ。隆志は今更ながらに後悔した。
 コンピュータ室は数人の生徒が利用していた。ほとんどの生徒は自分専用のパソコンを購入し、それでレポート等を作成している。何十万もかけてパソコンを購入するくらいなら、遊びのお金に使ったほうがいい。そんなものを購入しなくても学校の備品を使えばいいのだ。隆志はそんなことを考えながら椅子に座った。パソコンの電源を起動し、wordを立ち上げた。しかし、何を打ち込めばいいのか頭が廻らない。ただでさえパソコンのキーの配置も覚えていないのだ。ブラインドタッチを難なくこなす人たちが羨ましい。
「カタカタカタカタ・・・」
 室内に、やけに軽快にキーを打つ音が響く。そのスピードは隆志とはえらい違いだ。しかし、レポート作成に四苦八苦している時にそういう軽快な音を聞いていると無性にイライラしてくる。と、いうより焦ってしまうのだろう。自分がやけに格下とでも言われているような気がしてしまうのだ。
「一体どんな奴だ・・・?」
 隆志がそっと覗き込むと、そこには見たことのある人物が座っていた。小さなマスコット、涼子の姿があった。「・・・え?」
涼子は一心不乱にキーを打ち続ける。絵画の才能があることは知っていたのだが、こういったコンピュータ関係の技術も優れていたのだろうか。そうだとしたら神様は不公平だ。自分には秀でた才能などないというのに・・・。器用貧乏。それが自分の特徴だとわかっている。ある程度は何でもできる。でもどれも人並み。自慢できるものは何一つない。目の前の天才を見て、隆志はテンションを落とした。
 それにしても・・・彼女は何をやっているのだろうか。調べ物にしてはやけにキーを叩く時間が長い。レポート作成だろうか。隆志は涼子が使用しているパソコンの画面をそっと覗いた。
「・・・何だこれ・・・?」
 そこには無数のページが開かれていた。様々な会社の情報。そしてその社員の個人情報。小学校、中学校、高校、そして大学の情報。そして意味不明な数字の羅列。それは一目見て普通のページでないことがわかる。そして次の瞬間、様々な事件に関する情報が映し出された。涼子はそれを目で追い、手元のメモに記し始めた。再びキーを打ち始め、パソコンの電源を落とした。そこでようやく涼子は近くにいた隆志に気付いたようだ。涼子はメモを手に後退った。
「えっと・・・涼子さん。今何を調べてたんですか?」
 隆志が笑みを浮かべて近づくと、涼子は隆志が近づいた分だけ後に下がった。
「関係ない。2メートル以内にこないで」
 涼子はそう言うと走ってコンピュータ室から出て行ってしまった。
「・・・オレはばい菌か?」

 正午。九条は目の前の個人病院が休憩時間になったのを見計らって、院長である橘雅文を訪問した。事前にあかりから連絡がいっていたのか、すんなりと通してもらえた。 
「君が九条君か」
 橘は椅子に座って九条の顔を見た。「水無月さんのお宅から話は聞いている。少しだけどね。で、ご用件は?」
「・・・橘先生はあの事件のことを知っているんですよね?」
 九条は先ほど女性の看護師が淹れてくれたお茶を手に聞いた。橘は眼を細めて太陽の光が差し込む窓を見つめた。その部屋に置かれる医療品の臭いが鼻を刺す。いかにも病院の臭いだ。
 橘はゆっくりと口を開いた。
「ええ、知っています。私も現場に駆けつけましたからね。・・・あれは酷かった・・・」
 唇を噛み締めている。余程酷い惨劇だったのだろう。人は辛い記憶というものをなかなか忘れ去ることができない。酷い映像など、一生目に焼きつくこともある。橘も目蓋の裏ではその時の後景が鮮明に映し出されているに違いない。
「それで、何か気になる点などはありませんでしたか?」
「いえ、当時警察にも話しましたが・・・特に」
「そうですか・・・。ところで、玄関先の鍵穴はどうでした?」
「鍵穴?」
「ええ。こじ開けたような痕はありませんでしたか?」
 今朝方、その家へ赴き見てきたが、あまりにも年月が経ちすぎていて鍵穴の周りは錆付いていてその痕が存在していたかどうかは全く分からなかった。
「・・・ありました」
「え? あったんですか?」
 九条は驚いて立ち上がった。
「ええ・・・。私が駆けつけた時にはあったと思います」
 こじ開けたような痕があったということは、やはり物取りだったのだろうか・・・。それだと自分の考えていることは全て間違っていることになる。しかし・・・。
「それではあの日にあったことをお教えしましょう。あの日は雪が降っていました・・・。朝から寒い日でね。私は7時頃からここでカルテに目を通していました。8時くらいだったでしょうか・・・。近所の人が急に電話をかけてきたのです。『家の中で人が血まみれで倒れている。早く来てください』とね。急いで駆けつけると、幼稚園バスに乗っていた運転手や先生が玄関前で警察や病院に連絡しているところでした。そこで私は電話を代わってもらい、中の惨劇を目撃し、病院側からの指示を受けて死亡を確認した・・・という訳です」
「異変に気付いたのは誰なんですか?」
「それは幼稚園の先生らしいです。バスが迎えにきたけど、いつものように姿がなく、インターホンを押しても応答がない。そこで裏に廻って呼ぼうとしたところ、裏口の窓からその惨劇が見えた、ということでした。そこでその先生の悲鳴を聞いて近所の人が私に連絡をよこしたということです」
 ・・・橘の話を聞き、大体はイメージできた。しかし、犯人を絞り込むことはできそうにない。
「わかりました。それではもう一つ・・・」
 九条はカバンの中からアルバムを取り出して橘に見せた。「この中で写っている人たちに、見覚えなどありませんか?」
「ん・・・これは山本さんの写真じゃないか。まさか持ち出したのかい?」
「えっと・・・大丈夫です。許可はもらいました」
 橘は「それならいいけど」と言ってアルバムを見始めた。口からでまかせだが、犯人を捕まえるためだ。故人も許してくれるだろう・・・。
「この人とこの人なら知ってるな」
「誰ですか?」
 九条は橘が指差した人物を覗き込んだ。
「確か・・・山本由香里さんの友達の・・・何ていったかな? ああ、そうだ。原田さんだ。下の名前はわからないけどね」
「もう一人は?」
「この人は知らないかい? 今絵画の世界じゃ結構有名だ。ほら、富士見谷隆盛(ふじみだに りゅうせい)」
 九条はそう言われて部室に飾ってあった写真を思い出した。何でもプロの画家で、世界に通用するレベルの人物らしい。
「そんな有名な人と知り合いだったんですか?」
「詳しいことは分からないけど、そうだったみたいだね。それにしても、この写真に写っている人がどうかしたのかい?」
 九条は口を噤んだ。まさか犯人を本人に聞いたなどと説明しても、不審がられるに違いない。幽霊など、信じていない人の方が多数いる。自分だってこの目で見るまではその大多数の人間の一人だったのだ。どう説明したものかと考えていると、扉をノックする音が聞こえ、看護師が顔を覗かせた。
「あの、先生。水無月さんがみえていますがどうされますか?」
「え…涼子さんが?」
 九条は振り向いて看護師の後ろについている彼女の顔を見つけた。一体彼女は誰なのだろうか。ぱっと見ただけではどの人格なのか判別できない。
「ああ。入ってもらって」
 橘がそう言うと、彼女は室内へと進み、看護師は再び持ち場へと戻っていった。少し近づいて、九条はようやく彼女が誰だか理解した。
「葵さん」
 九条がそう名前を呼ぶと、葵は軽く微笑んで九条の隣に並べられていた椅子に座った。
「やぁ、葵ちゃんか」
 橘はカルテを持ち、2人の客を正面に見据えた。「久しぶりだね。葵ちゃんと顔を合わせるのは2ヶ月振りくらいか・・・。調子はどうだい?」
「・・・調子はあまり良くないね。最近の良い話といったら、隣に座っている彼が力を貸してくれていることくらいかな」
「ははは、それは非常に頼もしいね」
 葵と橘は微笑して九条の顔を見た。
「そうだ、瞬。これ杏が調べた資料。後で確認しておいてほしい」
 葵はそう言ってカバンに入っていた数枚のプリント用紙を九条に手渡した。
「ああ。後で見ておくよ」
 3人はそれから他愛もない会話を続け、九条と葵は医院を立ち去った。2人はその足でそのまま水無月家へと到着し、九条は涼子の部屋へと招かれた。女の子の部屋に入るのは何年ぶりだろうか。最後の記憶は幼稚園の頃ぐらいだ。こういう年頃の異性の部屋にくると妙に落ち着かずそわそわしてしまう。九条は部屋の前でいったん深呼吸をし、冷静な表情を浮かべて葵の後に続いた。一目見て、彼女の部屋はアンバランスであることに気付く。部屋にはイーゼルと絵画道具。これは涼子が主に使用している空間だろう。そして一画にはコンピュータ関係の物が置かれている。次には妙に女の子っぽい空間。そこには可愛らしい花やぬいぐるみが置かれている。そこには父親からのプレゼントであるあのぬいぐるみも置かれていた。そして最後に難しそうな文学の本が並べられている空間。これは彼女たちの部屋。彼女たちの人格がそれぞれの空間を作っているのだろう。
「・・・変わった部屋ですね」
「そうだね。何も知らない涼子もそう思っているよ」
 九条は部屋を見渡して、右隅に置かれているパソコンに近づいた。
「パソコンは誰が使うんですか? 涼子さんはそういうの苦手そうだから・・・葵さんですか?」
「・・・それに1メートル以上近づかないで」
 その言葉に九条は驚いて振り向いた。この言い回しは間違いなく杏だ。こんなに人格をコロコロと変えられると、対応するこっちが疲れてしまう。
「・・・と、ごめん。急に杏が出てきてしまって。あまりそれに近づかない方がいいみたいだね」
「そ、そうですね」
 九条は苦笑して中央に置かれているテーブルの前に座った。「あそこの一画は杏が使っているところなんですね。それじゃあの文学関係が葵さんですか?」
「そ、そんなことより!」
 葵は慌ててテーブルを叩いた。「杏が調べてきた資料を出して」
「あ、はい」
 何をそんなに慌てているのだろうか。九条は訳がわからず彼女に促されるまま資料をテーブルの上に出した。「・・・これは?」
 九条がその資料を覗き込むと、そこにはある学校や会社の名簿と思われる資料だということがわかった。しかも、九条が知りたがっていた大宮病院と佐伯商事の資料と、両親の在籍していた学校の名簿だった。そして最後は警察の情報までプリントしてあった。
「え・・・こういう警察の情報ってネットで公開してあるものなのか?」
「・・・セキュリティは破った。でも痕跡は残してないから大丈夫」
 目の前の杏はそう答えた。全く、とんだハッカーがいたものだ。
「でも、おかげで警察の情報を知ることができる。感謝しないとな」
 九条はもう一度資料に目を通した。あの事件について、発見当時の状況は九条が橘から聞いていた通りに記されていた。
『鍵穴に無理やりこじ開けたような後があったことから、物取りの線で捜査を開始。凶器は被害者に残されていた傷跡により、刃渡り14センチのナイフと断定。死因は頚動脈を切断されたことによる出血性ショック死。』
 九条は2枚目の資料を出した。
『凶器と同様の刃物が置かれている販売店を捜索するも、責任者や監視カメラから有力な情報を得ることは出来ず、容疑者を探し出すことは困難』
 そこで警察内部の情報は終わっていた。
「どう思う?」
 葵は期待に満ちた目で九条に聞いた。それは、何かを試しているかのようにも感じる。九条は目を閉じ、しばらく考えたが諦めて苦笑した。
「今はまだ何とも・・・。だけど物取りでないことは確かですね」
 科学的根拠は何もない。しかし被害者がアルバムを指したことから、犯人はこの中に写っている知人の誰かに違いない。九条はそのまま他の資料にも目を通した。大宮病院については特にこれといった目ぼしい情報は載っていない。それよりも、佐伯商事について九条は惹かれた。何が原因かはわからないが、この事件の1ヵ月後にいきなり会社が倒産している。利益を表す数値を見ても、倒産する要素はない。
「これは勘に過ぎないけど・・・」
 九条は再び目蓋を閉じて考え始めた。「この会社が倒産したのは利益以外の何かの理由があったと思う。お父さんはここで何かの情報を得た。もしくは気付かずにその情報に触れてしまった。それを知った内部の人間が、行動を起こした・・・っていうのがパターン1です」
「・・・全部空想だから根拠にならないよ、九条瞬・・・」
「杏、でもこうやって仮想しておいた方が動きやすいことも確かだ。今は情報が少ない。今ある情報で仮想して、それが後で違うとわかったら他のパターンを考えればいい。容疑者が明らかになっていない時はそっちの方が効率がいいよ」
「確かに瞬の言うこともわかるよ」
「ん、それじゃお父さんの会社に勤めていた人で、このアルバムに載っている人物を探さないとね。さすがに幼稚園の頃じゃ葵さんも杏もそんな人知らないだろう?」
 葵と杏は二人して肯いた。こうして一人の身体に二人の人格が頻繁に入れ替わりしている姿を見ると、滑稽に映る。
「じゃあオレは凶器について調べてみるから、そっちの方は頼むよ」
「うん、わかったよ」
「・・・仕方ないから頼まれる」
 葵はふと気が付いて九条に聞いた。
「ところで瞬。凶器について調べるってどうする気?」
「ああ・・・。オレの知人でちょっと変わった奴がいてね。そいつに協力してもらうつもりだよ」

 仕事を終えて、いつも通り自分の部屋に直行してパソコンの電源を入れた。そしてこれもいつものようにメールを送る。
「さて、始めますか」
 安田信也はパソコン画面に映し出された「ゼネック」というオンラインゲームに熱中している。仮想のSFワールドを、モンスターを倒して経験値を積んでいきレベルを上げていくというものだ。レベルを上げてどうかなるということはないが、その過程が醍醐味だと彼は言う。
 安田が操作するキャラクターは正面の僧侶キャラに近づいた。
「お、乙部もやっと来たか」
 乙部は安田と同じゼネックゲーマーだ。このゲームの中でもかなりの高レベルな有名キャラとまでなっている。しかしそれだけパソコン内に引きこもっているという証でもあるのだが・・・。
 2人は30分程モンスターを狩って経験値を手に入れていると、急に乙部のキャラが「待った」を出した。
 安田は何があったか気になり、コメント欄に「どした」と入力した。すると乙部は「九条から連絡アリ」と返してきた。全く、せっかくのプレイ中に水を注すとは何てやつだ。それにしても、九条とは懐かしい名前が出てきたもんだ。
 安田と乙部と九条は中学の頃の同級生だ。乙部とはパソコン部で一緒だったが、九条は空手部に所属していた。いつも居心地の良いコンピュータ室を羨ましがらせていたものだ。空手部の方では年中冷暖房器具もなく、夏は汗水垂らし、冬では寒さに負けないように走りこみをしている九条の姿が思い浮かんだ。今は確か・・・大学に通っていると乙部から一度聞いたことがある。
 しばらくして、乙部のキャラがコメントを打ってきた。
『九条が頼みたいことあるらしい。どうする?』
『頼みたいこと?』
『お前たち変人にしか頼めないことなんだ・・・だとよ』
 ・・・それが人にモノを頼む態度かよ。安田は呆れて『なんだ』と打った。
 乙部の話によると、どうやら態度はともかくとして、内容はなかなかシリアスなものだった。話を聞くと、九条は現在昔起こった殺人事件をどういう理由か追っているらしい。昔からいつもボーとして何を考えているのか分からない奴だったが、いつも心のどこかで正義を信念としていたような感じがしていた。それは今でも変わっていなかったようだ。自分なら何もできないし、する義理もないから、そちらを専門とする警察に任せてしまうだろう。何といったって、やつらはそれが仕事だ。
『どこの店かはわからないが、刃物店、またはそれに類する販売店を探して欲しい』
 それが九条からの頼みだった。だがインターネットが普及している世の中でも、ネットで挙げられないもしくは挙げられていない店も当然ある。九条も無理を言ってくれるものだ。九条が自ら調べずにこちらに頼むからには、そういった困難な販売店に違いない。
 安田は少し考えて、『了解』とだけ打ってオンラインゲームを終了させた。そしてすぐに、自分の情報源である掲示板を立ち上げた。現在ネットでは世界中の人たちが利用している。広範囲に調べるのなら彼らの力を借りるのが一番だ。その事件の犯人がこの文章を見てしまう可能性も考慮して、九条から教えられた事件は伏せてネットに公開されていない刃物系の販売店の情報のみ募集した。
 数分待つと、いくつかの書き込みがきていた。事件現場は愛知のはずだが、書き込みには鹿児島、香川、宮崎、青森と様々な県名が連なっている。まぁ・・・当然といえば当然だ。ネットに出ていない店など、山ほどある。ネットに公開されている情報など、氷山の一角に過ぎないといううまい譬え思いついて安田は苦笑した。書き込んでくれた人たちに礼のコメントを残し、掲示板のページを閉じた。このまま数日待って、もう一度確認することにしよう。
「さて・・・お次は」
 安田が今度立ち上げたページは、自分で運営している個人のホームページだった。そしてその中で副管理人が制作した「探偵クラブ」のページを表示した。世界中の推理・探偵マニアたちが終結するサイト。この部分のサイトは会員制で、さすがにこんな場所までは犯人もやってこないだろう。全く九条も要領が悪い。こういう事件を考えるのが得意な彼らに頼めば、良い知恵を与えてもらえるかもしれないというのに、それを彼は単独で動いている。それでもコンピュータに関して縁のない九条にとっては仕方ないことなのかもしれないが・・・。
 安田は先ほどの掲示板と同じように書き込むと、すぐに返信があった。
『もしかしたら裏の販売店の可能性もある』
 最初の書き込みはそれであった。彼らはそういうミステリーや非現実を常に考えているのか、始めから安田の予想を外れた返信だった。
「・・・いやいや、どこのミステリー小説だよ・・・」
『一般人はそんなもの無いと言うけど、実際は結構存在している。自分も、2軒なら場所も知ってる』
 どうやらこの主は、運の良いことにそちら方面の職業の方なのかもしれない。もしかしたら本物の探偵か・・・?
 裏の人間の勧誘という訳ではなさそうだし、とりあえずその場所を教えてもらい、礼を書き込んだ。すると向こうは『危険だから自分もついていく』と書き込んできた。赤の他人のためにそこまでしてくれるのは有難いが、そういう刺激に飢えている一般人なのかもしれないという不安感も同時に抱いた。
「仕方ない・・・」
 安田はため息をついて乙部に連絡した。「一度九条に話をするか・・・」

 男はパソコンの電源を切り、紅茶を啜った。全く、ネットにも便利な情報が落ちているものだ。最近は退屈していたから丁度良い・・・。
机の引き出しを開け、そこにあるものを手に取った。
「・・・嫌な感じだ。トラブルの臭いだ。な・・・相棒」
 男はリボルバー拳銃、『スタームルガー・ブラックホーク』を持ち、雲がかった夜の空を見上げて呟いた。

『助っ人』 完

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