『輝きを失う瞬間』

 私は挫けない。
それはもう何年も前からわかってたことだから。でも、今になって恐くなる。もっとこの場所にいたい・・・。
「私、何を考えてるのかな」
 涼子はホールに置かれいているイスに腰をおろして呟いた。玄関先の扉を見ると、生徒たちが思い思いに夜の町にでかけていく。現在地獄は19時。21時までに戻りなさいと教師は言っていた。私も、こんなところで座っていないでもっとたくさんのモノを見に行けばいいのに・・・。しかし、昼間の運動で体力を使ってしまった。まさか伏見稲荷に行っただけでこんなに疲れるとは思わなかった。あの人にも、迷惑をかけてしまったかな?
「水無月先輩」
 背後から声をかけられ、涼子は振り返った。そこには知らない男子生徒が立っている。
「あ、オレ九条君の友達で斉藤隆志っていいます。先輩一人ですか? もしよかったら九条君と一緒に出かけるんですが、先輩もどうですか?」
 隆志はさっと自己紹介を済ませ、玄関先にいる九条を指した。
「どこに行くの?」
「この時期はいいものが見れるんですよ。是非、きてください」
 九条を見ると、彼は微笑んでこちらを見ていた。
「わかった、私も行くよ」
「良かった。じゃあ行きましょう」
 涼子は隆志に促されて九条の元へ走った。そして一同は夜の京都の町へと飛び出した。
 隆志の話によると、この時期に観光名所である場所がライトアップされ美しい場面を見ることができるという。青連院、将軍塚大日堂、高台寺、圓徳院、松尾大社のライトアップが見られるそうだ。もう少し早く来ることができれば清水寺、円山公園、中之島公園、二条城、祇園白川巽橋周辺、平野神社の特別拝観ある。特に夜の二条城のライトアップは、闇夜にソメイヨシノがライトによって浮かびだされ、その幻想的な魅力に声を失って感動する拝観客もいるそうだ。そういったライトアップの拝観は涼子も聞いたことがある。この二条城の拝観は、和装していれば無料で入城できるという。その夜景に興味のある人には是非、和装していくことをお勧めしたい。
 3人はバスを降り、目の前の青連院を迎えた。もう特別拝観が始まっているようで、他の観光客も多く目に付く。
「あ、見えましたよ」
 九条は正面を指さした。伝相阿弥作池泉回遊式庭園が、蝋燭の炎で幽玄に映し出されている。闇夜をバックに、明るく照らし出されるその場面は、一種の芸術に類する。時間が許すならば、他の夜景、そしてその芸術も見たいところだ。
 九条と涼子は何も言わずその庭園を見つめていた。
「そろそろ・・・帰りましょうか」
「そうだね」
 九条に促され、涼子は庭園を背に向けた。「あれ、斉藤君は?」
 九条と涼子は周りを見渡した。が、どこにも隆志の姿はない。
「さっきまでそこにいたんだけど・・・どこに行ったんだ? まぁアイツも子供じゃないんだし、大丈夫だと思いますよ」
 九条は苦笑して言った。「先に帰ってましょうか」
「えっと・・・もう少しこの辺りを歩かない?」
「ん、わかりました。いいですよ」
 二人は少し歩き、近くにあった円山公園へと向かった。円山公園には、その象徴とも呼ばれる祇園枝垂桜が存在する。日本の桜というと、8割がソメイヨシノとされているため、その並木は珍しく、深い魅力を感じさせる。もう4月も下旬のため、桜は大分散ってしまっているが、その姿は威風堂々としている。
「もう、大分散ってる」
 涼子は小さく呟いた。それは話しかけたのか、それとも不意に口からでた言葉なのかはわからない。九条は何も言わずにその桜を眺めた。どのようなものにも、輝きを失う瞬間というのは存在する。そういった姿をこの目で見ると、哀しい気持ちが胸の奥に浮かび上がってしまう。自分にも、いつかこのような時がくるのだろうか・・・。
「でも、この桜にもすごく立派な時があった。私はそれを忘れないよ」
 涼子も、どうやら九条と同じことを考えていたようだ。九条は軽く微笑み「オレもですよ」と呟き、目蓋を閉じた。

「感謝しろよ?」
 隆志は九条の部屋でジュースを飲み干して言った。「やっぱり酒が欲しいところだな」
「誰も二人きりにしてくれとは頼んでないぞ。そしてお前はまだ未成年だ」
 隆志は「固いこと言うなよ」と笑った。
 全く、迷惑な話だ。隆志の姿が見えなくなって内心、心配していたのだ。それが戻ってみると自分の部屋で、ジュースを飲んでくつろいでいた。
「で、夜のデートはどうだったかな。お父さん?」
「誰がお父さんだ。それに、デートじゃない」
「そんなこと言ったら先輩が可哀想だぜ? で、ここだけの話どう思ってるんだ?」
 隆志がずいっと近づいてきた。
「お前はジュースで酔っ払ってるのか?」
「何言ってるんだ。夜の定番といったらそういうアレの話じゃないか」
 九条は隆志が何を言おうとしているか理解はしていたが、惚けて苦笑した。
「何のことやら」
 そういった恋愛沙汰は、興味が無いわけではないが積極的に行動を起こすほどではない。その姿勢は昔からそうだった。初恋にしてもそうだ。小学校低学年の頃、近所で一緒に遊んでいた同学年の子に惹かれはしていたが何も言うことは無く、中学の頃には話もしなくなった。それ以降は誰に対してもそういう目で見ることもなくなっていた。冷めていると言われればその通りだが、なんて事はない。自分が傷つくのが恐くてそういった行動を起こさないのだろうと思っている。小心者・・・なのだろうな。
「もったいないな」
 隆志がため息をついて吐き捨てた。「あの先輩にあれだけ近づいているのは瞬くらいらしいぞ。先輩のこと気に入ってる人が何人かいるが、お前がいるから諦めてるってところかな」
「そうなのか?」
「ああ。だって先輩って可愛いじゃないか。それに絵画の世界じゃ有名だし」
「恋愛ごとに知名度って関係あるのか?」
「まぁ、オレは関係ないと思うけど・・・。そういう人が隣にいると優越感があるとかじゃないのかな」
 そういうものだろうか。傍にそういう人がいると逆に重圧を感じてしまいそうだ。自分のように何一つ取り得もなさそうな男なら尚更だ。そういった優越感を求める人間という者は結局、自分自身を磨くということを怠っているように思える。確かに優越感に浸れるということは一時は気持ちのいいものなのかもしれない。今までそういう気分を味わったことの無い自分にはわからないが、そういったものを相手に求めるというのは失礼だと感じる。
 九条の携帯に着信が入った。

 晴れ渡る空を見上げる。
九条と涼子は嵯峨野のトロッコ電車駅の前にいた。昨夜の涼子からの電話で、2日目は神社仏閣ではなく普通に観光を楽しもうということとなったのだ。九条にとっては非常にありがたいことだ。せっかく遠くの京都まで来たのだから、こういう場所も廻るべきだろう。
「それにしても・・・良かったんですか? 神社仏閣でなくて」
「うん、いいんだよ。たまにはこういう所も廻って楽しまないとね」
 全く珍しいこともあるものだ。この人が考えを曲げてしまうなんて、雨でも降るのではないかと心配にもなったが、幸いにも雲ひとつない良き天気となった。絶好の乗車日和なのか、この駅ではたくさんの人で賑わっている。2人は早くから到着していたので指定席の券を変えたが、あまりの客の多さにほとんどの人が立ち見の券となっている。
 このトロッコ電車では、四季折々の景色が楽しめる。春ならば山桜・新緑、夏ならばセミ時雨・川のせせらぎ、秋ならば紅葉、冬ならば雪景色と日本の季節の風景を拝むことができる。そしてこのトロッコ電車では、もうひとつ、名物があるらしい。
「酒呑童子?」
「うん、そういう名前の鬼がいるみたいだよ」
「秋田県のなまはげみたいなものですか?」
「う〜ん・・・どうだろ。酒呑童子は京都と丹波国の国境に住んでたといわれている鬼の頭領で、多くの鬼を部下にしていたっていう話を聞いたことあるな」
「涼子さんって結構博識なんですね」
 九条は素直に感心した。「オレだったらそんな知識もっててもすぐに忘れてしまいそうです」
「あ、これは九条君には覚えておいてもらいたいな。この酒呑童子っていうのはね、本当はただの人間だったんだ。確か12,3歳の美少年。それでたくさんの女性に恋されたけどそれを全部断って、女性は全員恋煩いで死んでしまったの」
「こ、恋煩いで死んでしまうんですか?」
「うん、女性は繊細なんだよ。恋煩いになると食事もなかなか喉を通らないんだから」
 涼子は力説した。果たして目の前の女性が繊細なのかはわからないが、そういった事態になると精神的なストレスは感じるのかもしれない。病は気からというが、それだけで体調を壊してしまうから人間というものは脆い。
「そして女性たちからもらった恋文を焼いてしまったら、想いを遂げられなかった女性の恨みがその時の煙と一緒にその美少年に降りかかって醜い鬼に変えられてしまったっていうお話。だから九条君も女性には優しくしないと駄目だからね?」
 話に尾びれ背びれがついているのだろうが、結局は女性を大切にしろという教訓を込めた話なのだろう。
「ま、これは一例だけどね。他にも謂れがあるけど聞きたい?」
「いえ、もう結構です」
 そんなやりとりをしていると、トロッコの発車時間になっていた。係員が乗客を案内している。2人は、指定席に座った。チケット売り場で涼子は右手側の席を頼み込んでいた。涼子の話によると、嵯峨野からの景色はほどんどが右側なのでそちら側の方が楽しめるらしい。
「あ、動き始めた」
 涼子が外の景色を眺める。普通の電車と違って窓はなく、吹き抜けになっているため直接自然の風や空気を味わうことができる。ただ一つの欠点は音が響いて煩いことだろうか。
 始めに、左手側に流れる川が見えてきた。窓の張られた電車でなく、こうして直に眺めることのできる景色は非常に風流で趣を感じる。しばらくすると、電車が急に停止した。何か問題でもあったのかと思ったが「撮影タイムでーす」と添乗員が言った。どうやら車掌からのサービスらしい。なかなか面白い人たちだ。乗客たちはチャンスとばかりにその景色をシャッターに収めている。少しして、電車は再び走り出した。
「写真御撮りしてもよろしいでしょうか?」
 添乗員が乗客たちにカメラを手に聞き回っている。どうやら写真のサービスもあるらしい。そしてその出来上がりの写真が気に入ったら購入してもらうというシステムのようだ。添乗員はしばらくして九条たちの前にやってきた。
「写真御撮りしてもいいですか?」
「はい、お願いします」
 涼子はさっと答えた。
「それじゃ、景色も入れたいのでもう少しお二人様近づいてもらってよろしいですか?」
 男女2人でいるためか、カップルだと勘違いされているらしい。涼子は言われるまま肩が触れる距離まで近づいてきた。九条は妙に恥ずかしい思いをして作り笑いを浮かべた。
 まだか、シャッターはまだか?
 九条ははやくこの体勢を何とかしたかったのだが、添乗員はなかなかシャッターを押さない。どうやら現在の背景に不満があるようだ。長い長い時間、実際は僅か10秒ほどなのだが、添乗員がシャッターを押すまでのその時間がやけに長く感じた。
「はい、チーズ」
 ようやくシャッターを押してくれた。九条はほっとして元の場所に戻った。
「どっと疲れたよ」
「何か言った?」
「いえ、何も」
 疲れた顔を浮かべる九条をよそ目に、涼子は添乗員と楽しそうに会話をしている。添乗員は「できあがったらお見せしにきます」と言い残して他の乗客たちを撮りに行った。
 それから九条はしばらく何も言わず、傍に見える風景を眺め楽しんでいた。こうやって見てみると、涼子の言っていた通り右手側の方が川の景色を楽しめる。反対側は常に山側で、そちらの乗客も身を乗り出して右手側の風景を覗き込んでいる。確かにわざわざ身を乗り出すより、こちらの指定席を購入しておいて良かった。この点だけは涼子に感謝したい。
 川の先から、舟が下っている姿が見えた。ここ保津川では、「保津川下り」というのも有名らしい。チケットは3900円と高額だが、観光客には丁度良い金額だろう。舟に乗っているお客たちは、楽しそうにこちらに向かって手を振っていた。涼子は羞恥心というものが無いのか、楽しそうに手を振り返している。無邪気、といえばそれまでなのだが・・・。
 終点駅に着き、そこでようやく2人は酒呑童子を見ることができた。「出口はこちらですよ〜」と普通に案内をしている姿が妙に笑えた。
涼子は先ほど撮ってもらった写真を購入し、九条も涼子に強制させられて買わされることとなった。出口には一台のバスが停まっている。保津川下りのチケットを購入している人は、このバスの代金も支払っているのでこのままこのバスで舟場まで乗せていってもらえるらしい。2人はバスに乗り込み、しばらく外の風景を楽しむことにした。
「写真も撮ってもらったし、良かったね」
 涼子は先ほど買った写真を取り出し眺めている。
「あの添乗員、絶対勘違いしてましたよ」
「何が?」
「いや、その・・・」
 九条は口を閉じた。「恋人同士」という単語を口にするのはやけに恥ずかしい。九条はごまかして「何でもありません」と紡いだ。
 バスはしばらく走り、目的地へと到着した。
「これに乗ればそのまま嵐山まで着くんですか?」
「うん、でも2時間くらいかかるから軽く食べるもの持っていった方がいいかもね」
 涼子はそう言い、売店でお菓子を物色している。九条も軽く売店を廻った。見上げると、たくさんのサインが目についた。多くの著名人たちがここを訪れ、記念に残していったものだろう。ただサインというものは崩して書いてあるものが多く、どれが誰のサインだかわからず九条は首を傾げていた。
「○○市、水無月さま」
 放送が入った。手続きを終えてしばらくするとこのように呼ばれるようだ。涼子はまだ物色し足りない様子だったが、諦めてお菓子を3つ、飲み物を購入して九条と一緒に舟場へと向かった。2人は舟に乗り込むと、船はユラユラと揺れた。九条は車酔いなどはしない体質だが、こういう舟に乗るのは初めてなので若干心配な顔をしている。涼子はというと子供のようにはしゃいでいる。
 乗客を乗せ、船頭が乗り込むと舟は陸地から離れた。次第に川の流れに沿って進み始める。船酔いにならないかと心配していた九条だったが、この川のせせらぎと気持ちの良い太陽の光で気持ち良く揺られていた。しばらくすると、目の前に京都で一番高い山、愛宕山が見えてきた。この保津川ではいくつか急流のポイントがあり、それが醍醐味でもある。
「九条君、お菓子食べる?」
「あ、ありがとうございます。それにしても、こうゆっくりできる時間があることはいいことです」
「九条君は帰ったらバイト三昧だからね」
「・・・思い出させないでください」
 九条は苦笑して言った。少しして、トロッコ電車が見えてきた。先ほど自分たちも電車から舟を眺めたことを思い出す。すると船頭が「皆さん、楽しそうに手を振って上げてください。楽しくなくてもね。すると皆さんの楽しそうな姿を見た電車の乗客たちがそれに釣られて舟に乗ってくれるかもしれませんから。ボクたちのお給料は皆さんの演技力にかかっているんです!」と言い出した。なかなかユニークな船頭だ。
 その後いくつかの急流を越えた。途中で川の水がかかるというハプニングもあったが、長い2時間も終わりが近づいてきていた。途中であったカメラ撮影も、当然涼子は購入していた。涼子はこういう旅の思い出というものを大切にする性分なのか、そういう記録はしっかりと残している。最後に、水上屋台が見えた。水上屋台はうまく舟にとりついて商売を始める。飲み物や食べ物とズラリと並ぶ。この2時間で小腹も空いたし、嬉しいタイミングだ。九条はみたらしを購入し、先ほどのお菓子のお礼に涼子に分け与えた。
 舟は少しして停まった。どうやらここで保津川下りも終了のようだ。船頭の「またどうぞ」という言葉を後に、乗客は嵐山の町へと向かっていった。
「ね、お昼ごはん食べようか。何食べたい?」
 涼子は嵐山の町を眺め、楽しそうにはしゃいでいる。
「京都の名産っ何ですか?」
「京都は・・・抹茶とか? 私もよく知らないんだ」
 京都に関して様々な知識をもっていた涼子にしては珍しい。と、いうより、京都に関する知識に対してかなり偏っているように九条は感じた。結局2人は少し歩いて「つたや」という店に入った。今の時期では木の芽、筍、ふきのとうが旬らしい。九条は何が美味いのかわからず、店の人に「お勧めの料理を」とだけ頼んで注文した。涼子も同じものを注文し、料理が出るまで空腹に耐えて待った。ここ嵐山にはたくさんの人で賑わっていた。この時期だと、ゴールデンウィーク前に楽しんでおこうという考えの者が集まっているのだろう。ゴールデンウィーク前でこれでは、本番にはどれだけの人が蠢くのであろうか。九条は全く身動きすらできない状態を想像し、肩を落とした。
「おまたせしました。こちらお勧めの料理となっておりやす」
 店員が京都弁で料理を出してくれた。
「あ、ありがとうございます。すごい人ですよね、さすが観光地。ゴールデンウィークは大変じゃないですか?」
 九条は箸を取って聞いた。
「そうやね〜、その時期になるとたんと見えはるわ」
 店員さんは笑顔で答えてくれた。「お客はんはデートやろか? こんなかいらしい子連れてからに」
「いえ、この人は大学の先輩で」
 九条は慌てて答えて、箸をつけた。「そ、それじゃいただきます」
 筍、ふきのとうの料理はとても美味く、九条は驚いた。これが京料理というものなのだろうか。夏は天然のあゆ、嵯峨豆腐の冷や奴。秋は松茸。冬はかに、寒鮒、湯豆腐、ぼたん鍋などがメニューに並ぶらしい。神社仏閣などは興味ないが、こういった料理は毎時期に食べてみたい気がする。九条は料理に夢中になっているが、涼子は相変わらず店員と話をしていた。聞き耳を立てていた訳ではないが、自然と二人の会話が聞こえてしまう。どうやらこの店員はまだ高校生のバイトらしい。しかしこうやって二人を並べて見ると、どうしても涼子が年下に見えてしまう。
「お客はん、東京の人?」
「いえ、どちらかというと名古屋辺りですね。今名古屋弁を使う若者はだいぶ減っているんですよ」
 涼子はそう説明した。確かに、周りに名古屋弁を使う人は少ない。僅かな単語程度なら使うかもしれないが、堂々と使う若者はいないだろう。まず、名古屋弁とはどういう言葉なのか九条にも理解しづらかった。地元の伝統というのは大げさだが、そういったことを忘れていく若者に悲しみを覚えたのか、その若い店員は悲しそうな顔をした。そう考えると、この京都でこういった京都弁を聞けるのも貴重だと思った。
「料理の方、どうやろか?」
 店員は無言で食べている九条に心配になったのか、顔を覗きこんで聞いた。
「すごくおいしいですよ」
 その九条の言葉に、店員は嬉しそうにニッコリと笑った。

 日が暮れ、2人はゆっくりと宿泊地へと向かっていた。はしゃぎ疲れたのか、涼子は俯いて何も話そうとしない。
無理に話しかけることはないと思い、九条はそのまま歩いた。しかし、少しして涼子の方から話しかけてきた。
「少し、いいかな?」
「ん、いいですよ」
 九条は周りを見渡して、近くにあったベンチを指差した。「疲れたならそこで休憩しましょうか」
 2人はそこに腰をおろし、九条は夕日を見つめた。
「九条瞬」
「え?」
 九条は涼子の顔を見た。フルネームで呼ばれるのは初めてだ。涼子はずっと俯いたまま、顔を上げようとしない。
「私のこと、どう思ってる?」
 顔は見えないが、真剣な表情をしているように九条は感じ取った。それにしても「どう思ってる?」と聞かれ、自分はどう答えればいいのだろうか。
「どう・・・って?」
 自分は決して鈍い方ではないと思っている。こういう状況で女の子がこういうセリフを言った、ということはまず間違いなくあっち方面の内容であろう。
「可愛くて手の焼く先輩ですよ」
 九条は無難に答えた。間違ってはいない。客観的に見て可愛いと思われるし、ドジな面を考えると手を焼いてしまう。そんな印象を抱いているのも確かだ。
「そうじゃない!」
 涼子は顔を上げて叫んだ。「これから何があっても涼子を守ってやれるくらいの気持ちをもっているかってことだ!」
 九条は涼子の迫力に圧倒されて後ずさった。
「涼子・・・さん?」
「・・・輝きを失う瞬間が・・・近づいているんだ」
 涼子の放ったその言葉が、辺りに重く響いた。

『輝きを失う瞬間』 完
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