プロローグ

 肌に冷たいものが触れた。
空を見上げると、雲が空を覆っている。少しして、チラチラと雪が降り始めた。
雪は彼の手の上に落ち、そして溶けてわずかな水へと変わっていく。
 彼は再び空を見上げた。
温暖化と叫ばれる世の中にあって、このように雪景色を見れるということはとても貴重であると感じる。この景色も、この冷たい空気も、心地よい。彼と同じように、その景色に見とれる者が、周りに多くいるのだろう

 彼は時計に目をやり、ため息をついた。
「一体いつまで待たせる気なんだ、あいつは・・・」
 カイロ用として買った缶コーヒーも、すでにぬるくなっていた。彼は仕方なくそれを一気に飲み干した。

 しかし、こんなにゆったりとするのはいつ以来だろう。高校2年の頃から受験勉強が始まり、今に至るまで勉強三昧だった。一日中勉強をし、夢の中でも勉強しているという正に地獄のような期間だった。そうした夢を見たときには必ずといっていいほど疲労が増している。しかしそんな生活も、大学に受かった今となってはいい思い出とはいかないが、苦笑いするような過去だ。
 大学は一流とはいかないがそこそこの学校である。たくさんのサークルもあり、これから先のキャンパスライフがとても楽しみである。

 雪がアスファルトを覆い始めた頃、男がこちらに走ってやってきた。
「乙部遅いぞ、20分も遅刻だ」
「いや〜・・・聞いてくれよ九条。オレの言い訳を」
 乙部と呼ばれた男は息を切らしながら言った。「家は早く出たんだけどさ、警察の職質に捕まっちまって。いや〜、本当にまいったよ」
「ほう、お前は先週もそんなこと言って遅れてこなかったか?」
「あれ、そうだっけ? まぁいいや、気にすんな!」
 乙部はそう言うと九条と一緒に歩き始めた。
「今日はオレの合格祝いと遅刻のお詫びに色々買ってもらうからな」
 九条はそう言って再び空を見上げた。

プロローグ 完

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